「朝〜、朝だよ〜〜。朝ご飯食べて学校いくよ〜」
「う〜ん、名雪、もう5分〜〜」
 朝、セットした目覚ましの音が鳴る前に聞こえてきた名雪の声で、俺はうっすらと目を覚ました。
「朝〜、朝だよ〜〜。朝ご飯食べて学校いくよ〜」
「だからもう少し寝かせてくれって言ってるだろ……」
 名雪は俺の願望を無視するかのように、同じ台詞を繰り返し続ける。
「朝〜、朝だよ〜〜。朝ご飯食べて学校いくよ〜」
「何度も同じ台詞を繰り返しやがって……お前はオウムかっ! 上九一色に逝けっ!!」
 あんまりしつこく同じ台詞を繰り返すので、俺は次第に苛立ってきた。
「朝〜、朝だよ〜〜。朝ご飯食べて学校いくよ〜」
「うるせーー、いい加減にしろっ! しまいにゃポアすっぞこのっ!!」
 俺は怒りの臨界点に達し、名雪をしてでも だまらせる勢いで蒲団から這いあがった。
「あれっ!?」
 しかし当の名雪は俺の眼前にはいなかった。
「朝〜、朝だよ〜〜。朝ご飯食べて学校いくよ〜」
「一体どうなっているんだ?」
 名雪が目の前にいないのに、名雪の声ばかりが響き続ける。一体この声はどこから響いているのだと、俺は音源を探り始めた。
「何だ、これか……」
 耳を澄まし辿り着いた名雪の声の正体、それは昨晩名雪から借りた目覚まし時計だった。
「声付きの目覚ましか。悪くはない。だが、俺の趣味には合わないな」
 どうせ声で起こすなら、ハートマン軍曹が「起きなきゃフックするぞ!!」とか叫んでくれる目覚ましなら起き甲斐もあるというに。名雪の声で起こされては目が覚めるばかりか、眠気が増すばかりである。
 ともかく、目覚ましが鳴ったのなら起きなければならない時間に変わりはなく、俺は黙々と着替え始めた。
 ジリリリリ!!
 着替えを終え部屋を出ようとした刹那、突然、けたたましい轟音が鳴り響いた。
「な、何だ〜〜? 空襲警報か!? 北が攻めて来たとでもいうのか!?」
 実際の空襲警報など聞いたことがないが、その聞くに堪えない騒音は何か事故が起きたのではないかと思わせる音だった。
 一体この音はどこから響き渡っているのだろう? 俺は轟音の正体を確かめるため、とりあえず廊下に出てみた。耳に神経を集中し音源を探る。その結果、この音は名雪の部屋から聞こえてきていると判断できた。
「お〜い、名雪〜、この音は一体何なんだ〜〜」
 俺は叫びながら名雪の部屋のドアをノックする。しかし、名雪の反応はまったくない。
 音の正体を確かめるため、俺は意を決し名雪の部屋へ突撃した。
「なっ、なんじゃこりゃーー!?」
 そこで俺は戦慄を覚えた。無数に置かれた目覚し時計。それらが一斉に鳴り出し轟音を奏でている。そして部屋の中央には、巨大な蛙のぬいぐるみを抱き、何事もなかったように眠りに就いている名雪の姿があった。
 昨晩、大量の目覚ましを抱えた名雪の姿に驚いたが、まさか昨日抱えていた以上の目覚ましを保有し、実際に使用していたとは。しかし、これだけの音で目を覚まさないとは、名雪は常人の3倍どころか100倍寝起きが悪いとしか言いようがない。
「おい名雪、起きろ、起きろ!!」
 ともかく俺は轟音を奏でる目覚ましをとめ、名雪を起こそうと必死に身体を揺らした。
「く〜〜。あめゆじゆとてちてけんじや……。く〜〜」
「寝ぼけてる場合か! 起きろ、学校に遅れちまうぞ!!」
 しかしその後、幾度となく名雪の身体を揺らすものの、一向に起きる気配がなかった。
(これだけの音で目覚めない名雪を、一体どうやって起こせっていうんだ……)
 ザメハでも唱えなければ起きないんじゃないかと一種の絶望感に浸ったとき、ふとある考えが頭の中を遮った。
(そういえば、俺が歌を口ずさんでいたときは、文句を言いながらも自然に起きてきたな……。成功するかどうかは分からないけど、一つ試してみるか……)
「名雪、俺の歌を聞け〜!! ガガガッ、ガガガッ、ガオガイガー♪ ガガガッ、ガガガガッ、ガオガイガー♪♪……空間歪曲! ディバイディング・ドライバーーーー!! 奇跡〜♪ 神秘〜♪ 真実〜♪ 夢〜♪ 誕生! 無敵の〜♪ ドでかい守護神〜♪ 僕らの勇者王〜♪ ガッガッガッガ〜♪ ガオガイガー♪♪」
「うみゃぁ〜、祐一、うるさいよ〜〜」
 俺は奇蹟を信じて勇者王誕生!を熱唱した。そしたら、一か八かの特攻は攻を奏し、名雪は目覚めた。それにしても、あれだけの目覚まし音で目を覚まさないというのに、何で俺の叫び声では簡単に目を覚ますのだろう。
「おはよう、名雪」
「わっ、どうして祐一が目の前にいるの?」
「それは、名雪をしてでも だまらせる……じゃなくて、起こしにきたからだ」
「もうっ、勝手に人の部屋に入らないでよ〜〜。わたし、女の子なんだよ〜〜」
「そう言われてもなーー。あの騒音はどう考えても近所迷惑だし、世のため人のため俺は仕方なくお前を起こしたんだ」
 実際は人のためと言うよりは、これ以上うるさい騒音を聞き続けたくないという個人的な理由で起こしたに過ぎない。けど、近所迷惑なのは間違いないだろうから、俺の行動は道義的に見ても正しかったと胸を張って言える。
「とにかく、着替えるから部屋から出ていってよ〜〜」
「いや、せっかくだから見物していくよ。これでも女の子の着替えにはすごく興味を持ってるんだ」
「恥ずかしい冗談言わないでよ〜〜! 祐一のバカ〜〜!!」
 ブンッ!
「ぶはっ!」
 俺は半ば泣き目の名雪から思いっきり枕を叩きつけられた。大したダメージは受けなかったが、これ以上名雪を怒らせてはいけないと思い、俺は素直に名雪の部屋を後にした。



第壱拾壱話「参學期の始まり」


「おはようございます、秋子さん」
 俺は名雪の部屋を後にした足で下に降り、朝食の準備中の秋子さんに朝の挨拶をした。
「おはようございます、祐一さん。名雪はもう起きましたか?」
「ええ、苦労しましたけど、何とか起こしましたよ」
「そう、それはよかったわ。名雪、いつも遅刻ギリギリにしか起きてこないから、起こすの大変なのよ。これからは毎朝祐一さんに起こしてもらおうかしらね」
「ははっ、何とか努力してみますよ」
 これから毎朝あのけたたましい轟音が飛び交う戦場を潜り抜けて眠りの森のお姫様を起こしに行くのは気が滅入る。けど、だからといって黙ってあの騒音に耐え続けるのも嫌なので、俺は半ば秋子さんの頼みを聞き入れた。
「ところで秋子さん、この家から学校まで、どのくらいかかるんですか?」
 話を変えて、俺は水瀬家から学校までの所要時間を訊ねた。今日は念のため早く起きたつもりだけど、所要時間が分かればもう少し眠っていられるかもしれないし。
「そうね、歩いて1時間くらいよ」
「え? 1時間!?」
 俺は所要時間を聞き、焦りを隠すことができなかった。現在、時計の針は7時35分を指している。大体学校の始業時間は8時20分〜30分辺りだと相場が決まっているのだから、このままでは遅刻確定だ。
「大変だ、早く朝食を取らなきゃ」
「心配いらないわ。私が車で学校の近くまで送っていくから」
「え? 秋子さん、車運転するんですか?」
「ええ。この辺りは田舎でバスの本数も少ないから、生活を送るためには車が必須なのよ」
 言われてみれば、確かに家の脇に車が置いてあった気がする。秋子さんのイメージからはとても車を運転するようには見えないけど。
「車があるなら、まだまだ余裕ですね」
「そうとも言えないわ。今の時間帯は通勤、通学ラッシュで道が混むから、そろそろ家を出ないと学校に間に合わないわね」
「結局急がなきゃダメってことじゃないですか〜〜!」
 その後俺は急いで朝食を取り、家を出たのは7時50分を過ぎた辺りだった。



「やっぱり渋滞してるわね」
 北上川を越え、397号線を左折し、大通りに入る。その先の343号線との交差点を過ぎた辺りで渋滞が発生していた。名雪の話だと、今日は月曜日だということもあり、この交差点はいつにも増して混むのだそうだ。
 それでも、渚ちゃんや朋也が通う中学校が始まると、北上川に架かる橋の前後も渋滞するそうなので、今日はこれでもスムーズに進んでいる方だそうだ。
 交差点を抜けるとしばらくはスムーズに進んだが、その先にあった踏切から坂道にかけて今度は渋滞していた。
「お母さん、今日はここまででいいよ」
 この坂道を抜けた先に目指す高校はあるとの話だが、このまま渋滞を待っているよりは歩いたほうが早いと判断してか、名雪が車を降りることを秋子さんに告げた。
「そう、私は別に構わないけど。気を付けて行ってくるのよ、名雪、祐一さん」
「うん、行ってくるよお母さん」
「秋子さん、どうもありがとうございました」
 そうして俺と名雪は秋子さんに別れを告げ、学校へと続く長い坂道へと降り立った。
「この坂道はね、春になると桜が咲いてとってもきれいなんだよ」
「そんなことより、学校まであとどれくらいあるんだ?」
「そうだね。あと700〜800mくらいあるかな?」
「げっ、そんなにあるのか!?」
「大丈夫だよ、走れば間に合うよ」
「やれやれ初日から走って登校かよ……」
 俺は愚痴を呟きながらも渋々登り始めた。真っ白な雪に覆われた、長い、長い坂道を。



「ふむ、8時23分。遅刻ギリギリじゃの……」
 学校に着き校門を潜り抜けると、その先に初老で腰をやや曲げ、物腰の落ち着いた雰囲気の先生らしき人が立っていた。
「おはようございます、幸村こうむら先生」
 名雪は走りながら、幸村と言う先生に挨拶をした。
「水瀬、今日も遅刻ギリギリじゃの。わしはお前のことを一人の生徒としか見ておらん。じゃが、お前を”春菊の子”として見とる教諭はこの学校にはたくさんおる。遅刻を繰り返すことは、自ずとお前を”春菊の子”として見とる教諭らの評価を下げることとなる。それは分かっておろうな?」
「……。はい、それは言われるまでもなく分かってます……」
 春菊さんの名が出た瞬間、名雪の顔が暗くなった。”春菊の子”として見とるって、それほどまでにこの学校における春菊さんの影響は強いのか。
「それはそうと、見かけぬ顔の者がおるのぅ。お主、名は?」
「はい。今学期から水瀬みずせ高校に編入した、相沢祐一という者です」
 俺は幸村先生に名を訊ねられ、自分の名を語った。
「ふむ、お主が雪子さんの子か。相沢、お主もこの高校に編入した以上、否応なく”雪子の子”として見られることを覚悟するのじゃぞ」
「えっ!? は、はいっ」
 俺はいきなり母さんの名が出されたことに戸惑いながらも、一応返事をしておいた。
「あの、幸村先生。編入先のクラスを訊くために職員室に行きたいのですが、どのようにして向かえばいいのでしょう?」
 俺は話題を変えて、幸村先生に職員室への行き方を訊ねた。
「うむ。職員室にはわしが案内しよう。ついて参れ」
「ありがとうございます。そういうわけで名雪、俺は幸村先生について行って職員室に向かうから」
「うん。じゃあね、祐一。同じクラスになれたらいいね」
 名雪は笑顔でそう言い、職員玄関の奥の方に走り去っていった。去り際名雪が俺に見せた笑顔は、暗い表情を無理矢理隠そうとした作り笑顔だった。それほどまでに春菊さんの子として見られるのが名雪にとって苦痛なのだろうか?



「ここが職員室じゃ」
 俺は幸村先生に案内されて、職員室の前までやってきた。
「わしは今しばらく遅刻してくる生徒たちの相手をしてやらねばならんから、これで失礼する」
「案内してくださいまして、どうもありがとうございました」
 俺は職員室まで案内してくれた幸村先生に、深々とお辞儀をした。
「言い忘れたがわしの名は幸村俊夫としお。国語の教諭で2学年の主任を務めておる。これからお主と顔を合わせることも度々あろうから、顔と名くらいは覚えておいて欲しいのぅ」
 そう言い残し、幸村先生は再び元いた場所へと戻っていった。
「失礼します! 今日付けで水瀬高校に編入した相沢祐一です。編入先のクラスをお聞きするために職員室に参りました。よろしくお願いします!」
 俺は職員室にノックして入ると、大きな声で自己紹介した。ちょっと大げさすぎる気もするけど、このくらいの挨拶をしておいた方が印象も良いだろう。
「大きな声だな。それでこそ雪子さんの子というものだ」
 すると、30代後半の目付きが鋭く、頭の前方がやや薄くなっている先生が、俺に声をかけてきた。
「私は石橋一成いしばしいっせい。君が編入するクラスの担任だ」
「相沢祐一です、よろしくお願い致します」
「しかし相沢、編入早々遅刻ギリギリとはたるんでいるぞ」
「はい、申し訳ありません」
「まったく、お前は雪子さんの子なのだから、もっとしっかりしてくれんと困る」
 ”雪子の子”として見られることを覚悟するのじゃぞ。さっき幸村先生から受けた言葉が頭に鳴り響いた。俺の担任にあたる石橋先生は、どうやら幸村先生の言う俺を母さんの子として見る先生の一人のようだ。担任の先生がいきなりこれでは先が思いやられる。
「まあまあ、いいじゃないですか、石橋先生。祐一君も初めての学校で思うところもあるでしょから、少し多めに見ても」
 そんな時だった、奥の方から秋子さんに似た声が聞こえてきた。
伊吹いぶき先生、しかし……」
「ねっ、石橋先生」
「分かりましたよ。伊吹先生の笑顔には敵いませんな」
 にっこりと微笑む伊吹と呼ばれる先生の笑顔に、石橋先生は折れたのだった。
「おはようございます、祐一君。しばらく見ないうちに、ずいぶんとたくましい少年に成長しましたね」
「えっ! 俺、先生と会ったことがあるんですか?」
「ええ。春菊先生がまだご存命だった頃に、何度か会ったことがあるのよ」
 伊吹先生は春菊さんがまだ生きていた頃、つまり俺が子供の頃に会ったことがあるという。しかし、俺自身には伊吹先生と会った記憶がない。
「目を閉じれば今でも思い出すわ。祐一君があの子と一緒に遊んでいた姿を……」
 あの子? 以前伊吹先生と会った時、俺は誰かと一緒にいたのか?
「じゃあね、祐一君。私は美術の先生だから、選択教科は美術を選択してくれると嬉しいな」
 そう言い残し、伊吹先生は職員室を後にした。選択教科とは確か、芸術系の教科を美術、音楽、書道の3つから選ぶ教科のことだったはず。美術を選ぶか音楽を選ぶか迷っていたけど、伊吹先生の一声で美術を選択することがほぼ確定した。
「さて、話が長くなったが、今から教室に向かうぞ」
 そして俺は石橋先生に連れられ、編入先の教室へと向かっていった。



「編入生を紹介する。東京からやって来た相沢祐一君だ」
「相沢祐一です。よろしくお願いします」
 俺は教室に入り、石橋先生に紹介された流れで自己紹介をした。
「相沢、お前は後ろの方に空いている机に座ってくれ」
「あ、はい」
 俺は石橋先生に言われるがままに教室の奥の方へと進んでいった。
「!?」
 そこで俺は衝撃的な者を見た。ボロボロで潰れた帽子、継ぎ接ぎだらけのボロボロの学ランを身に纏い、右腕に旭日旗、左腕に「應援團」と刺繍された腕章を付け、裸足で椅子に座り込んでいる男の姿だ。しかも、空いている机を前後からは挟むような形で二人もいる。
(凄い格好だな……、この学校の番長か? これは関わらない方が得策だな……)
「だれが すわっていい といった!」
 二人の番長らしき者と目を合わせないように席に座った直後、いきなり一人の番長らしき者から声をかけられた。
「オレだ!」
「ここは おうえんだんの なわばりだぜ。いのちのあるうちに かえりな!」
 堂々と返事を返すと、今度は別の番長らしき者が声をかけてきた。自分で應援團と名乗ったことから、恐らく双方とも應援團なのだろう。「應援團」と刺繍された腕章を付けているのだから、その時点で気付いても不思議ではないのだが、あまりに異質な姿に、不良が伊達で付けているようにしか見えなかった。
「しずかにしろよ せんせいのはなしが きこえなくなる」
 俺は應援團の二人を挑発する形で声をかけた。
「てめー なめやがって! かくごはできているだろうな ゆういち!」
「おう じゅん!」
「へへっ、まさかお前が同じクラスだとはな、祐一。これで毎日が楽しくなりそうだぜ」
「ああ、そうだな。改めてよろしくな、潤」
 應援團の片割れは、何てことはない、潤だった。
「しかし、物凄い制服だな? 校則違反じゃないのか?」
 潤たち應援團の制服は、他の生徒とは明らかにデザインの異なる物だった。いや、継ぎ接ぎだらけのボロボロの学ランは、デザインが異なるどころの話ではない。
「何だ、知らないのか? これはバンカラといって、水瀬高校應援團の正装だ。この辺りじゃ有名だし、以前テレビでも紹介されたぞ?」
「あ……」
 言われてみれば、そんな特集を見たような気がする。あの時は流して見ていたが、確かにあの時テレビで見た光景は、この学校だった気がする。
「で、もう一人の應援團は誰だ?」
「何だぁ、俺を覚えていないってか、それは悲しいぜ相沢。一緒にMADムービーを見た仲だろ?」
「ああ、あのとき副團長とかと一緒にいた、斉藤だっけか?」
「ああそうだ。覚えていてくれて嬉しいぜ、相沢」
 應援團のもう一人は、以前MADムービー上映会で見かけた斉藤だった。しかし、これで例の副團長を合わせて應援團は3人か。まだ見ぬ團長を含めて、この学校には一体何人應援團がいるのだろう。
「……。さっきの会話の流れから、どうすれば今みたいな談笑になるのかな……」
「何だ名雪、お前も同じクラスだったのか。潤と斉藤があんまり目立っていたものだから、さっぱりお前の姿に気付かなかったよ」
 ツッコミをいれられて初めて気が付いたが、右隣は名雪だった。けど、これで同じクラスに知人が3人もいることになる。昨晩はどんな学園生活を送れるのか不安なところがあったけど、これなら潤の言うように毎日を楽しく過ごせそうだ。



「名雪、どうして男女共、2種類の制服があるんだ?」
 始業式が終わり体育館から戻る途中、そんな疑問を名雪に投げかけた。体育館に整列した生徒をよくよく見ると、男女共に異なるデザインの制服を着ている者がおり、えらく奇妙な光景に見えた。
「それはね、去年の生徒会長さんが制服のデザインを変えることを提案したからだよ」
 名雪の話だと、去年の生徒総会で生徒の制服のデザインを一新する議案が生徒会長から提案され、様々な流れを経て、今年度から新しい制服となったらしい。それで、2、3年生と1年生とでは制服のデザインが異なるそうだ。
「にしても、名雪の気持ち、何となくだけど分かったよ」
「えっ!?」
「職員室に行ったとき、石橋先生に”雪子の子”だからって言われた」
 俺はまだ一人の先生にしか母さんの子供として見られていない。けど、同じように多くの先生から見られることを考えると、気が滅入る。自分を自分として認めてもらえない人たちから受ける評価はどんなに苦痛なものなのだろうと、俺は想像した。
「そっか、祐一も見られたんだね……」
「ああ。まっ、母さんはこの学校で色々な功績をあげた生徒会長だったって話を聞いたことがあるから、そういう目で見られるのも仕方ない気はするけどな」
「わたしもそうだよ。お父さんはこの高校で應援團の副團長を務めていて、学校の先生としてもすごく立派な人だったって……」
「お互い、偉大な親を持つと苦労するな」
「うん。それでもね、わたしはこの学校に入ってよかったと思ってる。お父さんと比べられるのは大変だけど、でもわたしと比べるってことは、それだけみんなの心の中でお父さんが生き続けてるってことだから……。
 ようやくね、お父さんの背中が見えてきたんだよ。お父さんの背中はまだまだ遠いけど、でも今まで見えてなかった背中がようやく見えてきたから……」
 そういうことだったのか。朋也と違い、失われた親の温もりの代替を補えるものがなかった名雪は、ずっとずっと父親の背中を追い求めていたのだ。
 けど、ようやく見えてきた父親の背中は遠く、そしてまさか自身が追い求め続けている父親と重ねられて見られる羽目になるとは思いもよらなかっただろう。名雪が登校時に見せた暗い顔、それは名雪の重圧に苦しむ思いが形となって現れてたのだろう。
「過大評価しすぎだよな、名雪は名雪なのに」
「えっ!?」
「たとえ父親が偉大であっても、名雪は名雪だろ? もっと自分は自分だって気持ちを強く持てよ。そうすれば、いつか名雪を春菊さんの子として見ている人たちの評価も変わってくるじゃないかな」
 重圧に苦しむ名雪の心を少しでも和らげたい。そう思ったからこそ、俺は名雪をもっと自分自身に自身を持てよと励ました。自分は自分だって強く思い行動すれば、みなの評価も変わってくると。
 そしてそれは俺自身にも言えることだ。これから卒業するまでの間、俺はあらゆる人から母さんの子として見られるだろう。けど、俺は確かに母さんの子だけど、俺は俺でしかない。そう強く思い続けたいと、俺は自身に語りかけた。
「ありがとう祐一。わたし、少しずつだけど自分に自身が持てそうになってきたよ」
「大げさだな、ありがとうって言うくらいのことか? 俺は自分が思ったことを言ったまでだぞ」
「うん、それでも祐一に、『自分は自分だって気持ちを強く持て』って励まされたのは、とってもうれしいよ……」

…第壱拾壱話完


※後書き

 「Kanon傳」の第八話に相当する回です。話の大筋はほぼ同じですけど、大きく変更された点は教諭陣と制服ですね。改訂前は自分の高校時代の先生を模した先生を出していたのですが、それをすべて既存のキャラクターに変えました。
 それと、制服に関しては改訂前も2種類存在するという設定だったのですが、中身を大幅に変えました。改訂前ですと、「現生徒会長が既存の制服からKanonの制服にデザインを変えた」という設定だったのですが、それが「前生徒会長がKanonの制服からCLANNADの制服にデザインを変えた」という設定になりました。
 基本的に舞台となっている高校には後々渚や朋也が通うことになるのですが、制服のデザインが変更されたというネタを使い、強引に祐一たちの通う高校と渚や朋也が通うことになる高校は同じだという設定にしました(笑)。
 さて、次回は應援團メンバーも大幅に変えるので、改訂前とは展開などが違くなるでしょうね。

壱拾弐話へ


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